あらすじ

半透徹病、碧血、花火ーー。
この世には畸型と云う奇怪かつ美しい病がある。
其れらを俗に蝶と云い、蒐集して置いておく場所を蝶塚と云う。
明治維新似て医療が禁じられた世。畸型兒専門の医師である唐蔵 妙は同時に蝶を蒐集する癖も持っていた。
医師の元にやってくる、半透明の少女、蟲に変異する青年、花火を眼に宿す女児。奇怪であり美しい蝶たちが織りなす物語。畸型は、一体何故「ある」のだろうか。

世界観

世界観

明治の世。
明治維新と云う改革によって世は変革された。
その中で、致命的な思考が世の中に蔓延ることになる。
曰く、自然に逆らうなーー自己治癒力以外での治療、つまり医学を禁忌とする行為であった。
それは天皇の神格性を最大限に強めることに意味があった。
そう、市井の人々は医療を受けることはなく、しかし天皇他側近は、秘密裏に医療の力に頼っていた。
その結果どうなるか? それは、天皇とその側近たちの寿命が延びたように見え、そして市井の人々の寿命は短くなると云うこと。
それは、まさに神の如く。
そうして、医師たちは迫害に遭いつつ、然し必要とされていた。
だから、彼らは帝都より遠く、僻地にてひっそりと暮らしていたのだった。

畸型兒(きけいじ)

この世界には、畸型兒が存在する。
畸型兒とは何か? それを定義することは難しいが、人によれば美しく、人によれば気味の悪い姿をした人間だと云うことだ。
この姿が変わる畸型の病と云うものは、氏神様の力で押さえつけられることができると信じられており、詰まり、氏神様の信仰の残る地域では生まれにくく、そしてーー天皇が神に成り代わった帝都では多く生まれると云われる。
そうして、帝都に棲む特権階級の人々は、僻地に追いやった医師の力を借りに行く。
彼らから、地位を奪ったのに。
以下に幾つかの畸型病を記す。

透徹病(とうてつびょう)(半透徹病/完全透徹病)

自然畸型 / 遺伝型 / 先天性
体に透明と云う色素が現れ、体が透明になって行く病。
多くは半透徹病であり、骨と眼球以外が透明になって行く。
完全に透明になり、骨と眼球のみになることは稀であるが、更に稀なことに、骨と眼球も全て透明になる完全透徹病と云う病も存在する。
半透徹病は治療法が現代にも残っており、(インク)を投与して透明色素に色付けを行う。
然し、完全透徹病は半透徹病患者に処方する(インク)では効果がないことが解っている。
また、(インク)の用法・用量の調整は難しく、失敗すると虹色の身体になってしまう。 これは人工畸型の一種とされるが、現在のところ名称は定められていない。

碧血(へきけつ)

自然畸型 / 遺伝型 / 後天性
身体が昆虫へと変化する病。
この病は精神病の一種でもあり、碧血の病に掛かるかどうかは遺伝的なものだと云う。
主に希死念慮や自分がこの世に居るのがおかしいと思っているなど、「人であること」に違和感を持つとこの病になると云われる。
最終的に変態する昆虫が何になるのかは、一体どういったメカニズムで決まるのか解っていない。
病の名「碧血」とは、昆虫に変態する際に血液が碧または透明になることから名付けられた。

燼灰(じんかい)

自然畸型 / 遺伝型? / 後天性?
未だ解明されていない畸型病の一つ。
日光により身体が焦げ、最終的には消し炭となり死ぬ。
そのため、できるだけ日光に当たらずに生活するように心がければ症状の進行は緩やかになると云われる。
現状、燼灰の病の治療方法は確立されておらず、日光に当たらずに生活するしかない。

火花(かっか)

自然畸型 / 寄生虫 / 後天性
人体に寄生する、三大寄生虫の一つ、火蟲(ひむし)に寄生されることにより発現する病。
火蟲は眼球に寄生し、「眼がチカチカする」「世界が赤く見える」のような症状が出る。
外から見ると、眼球の中でまるで花火が上がるように見えるという。

虹色吐息病(にじいろといきびょう)

自然畸型 / 寄生虫 / 後天性
人体に寄生する、三大寄生虫の一つ、虹蟲(にじむし)に寄生されることにより発現する病。
寒い日に吐く息が白く染まるように、常に吐く息が虹色となる。
雄を(こう)、雌を(げい)と云い 虹は鮮やかな色で紫が内側、霓は淡い色で紫が外側に来る。
また、虹蟲は症状から解る通り、肺に寄生するのだが、稀に生まれる双子を雨蟲(あまむし) と云い、雨蟲は全身の何処にでも寄生する。雨蟲が寄生された部位は、形状を保ったまま水となる。

開花病(かいかびょう)

自然畸型 / - / -
人体ではなく、竹のように生涯に一度開花し、そのまま枯死する病。
枯死せずとも、精霊的な性質を失う事もある。
竹が開花病となる時、時たま人との仔を為すことがあると云う。それを竹の仔と云う。

霙陰病(えいいんびょう)

自然畸型 / 遺伝型 / 先天性
本来、神経や血管の通らない髪の毛に、神経や血管が通り、髪を切ることによって苦痛や失血死を伴うことになる病。
完全遺伝性であるため、過去、民衆の前でこの病のものの髪を切り、見世物のように赤い雨を降らせるパフォーマンスが行われていた。
それはまるで、もう自分の血族には霙陰病の人間などいなくなったとアピールするように。
その血の雨が固まり、霙のように降り注ぐ様からこの名前がついたと云う。

眼目花鈿病(がんもくかでんびょう)

人工畸型 / 感染型 / 後天性
特定の花粉が眼に入ると、眼球にある細胞に作用し、様々な影響を及ぼす。
正常な眼球がある場合は眼球が肥大化し、二つの眼が一つに合体したり、三つ目の瞳ができたりする。
この作用は、花粉が眼球を作る細胞の分裂を活発化させることが原因であることが解っており、逆に云うと、少しでも眼球の細胞が残っていれば、そこから眼球そのものを再生することもできると云うことだ。
ただし、その副作用で、眼球から花が生えてくることがある。それがまるで眼球に花鈿を突き刺したように見えるため、眼目花鈿病と云う名称が付けられた。

機械技術

氏神様の力を失った人々は、西洋からきた「機械」と云う技術を信仰の対象としたきらいがある。
それらは勢力を拡大し、軈てーー氏神様の信仰を全てもぎ取った。
ーーそれは、本当に人々の思いだけだったのだろうか。
氏神様はーー抵抗さえしなかったのか。もしそうであれば、一体なぜ…?

異常植物群

この世の万物は精神(こころ)を持つ。 大地も然り。大地は人間を嫌う。故に大地に人間を埋めることを厭う。
大地は己が上に人が棲むことを妥協し、人は大地に人をそのまま埋めて弔うことはせず、焼いて灰にしてから埋めると妥協した。
その取り決めを破り、人を焼かずに大地に埋めると、大地は拒否の意思として異常植物群を生やす。
だが、その異常植物は畸型の治療に利用されることが多々ある。
「大地が人を知らなすぎるから」ととある薬師は苦笑する。
以下に異常植物群の幾つかを紹介するが、それが全てではないと云う。

異常植物群第一種(たん)

脳を含む頭部が含まれた遺体を埋めると、この植物が生えてくる。
それは「舌」と名付けられ、喋る花である。異常植物であるのは、その花が喋ることだけではなく、 春夏秋冬、枯れることはないことからも解る。
さらにいえば、この植物に寿命はないとされる。大地から人間を取り出すまで、花は咲き喋り続ける。
例えば、その花を摘んだとする。それは植物を殺すことと同じだろう。だが、数日後にはまた同じところから生えてきて 同じようにお喋りを続ける。花を摘めば殺されたかのように悲鳴をあげる。
正に人間の業を詰め込んだかのような異常植物だ。

異常植物群第二種(もつ)

第一種から第四種が生える条件に該当しない場合に臓が生えてくると云われる。
発見されるのが舌に続いて二番目だったために、第二種として定義されているが、 実際には臓が生える条件はまだ解明されていないと云ってもいい。
臓は南天のような常緑低木で、赤黒い実をたわわに実らせる。その実の重さに、まるでお辞儀をするような姿だ。
その実は、人の肉の味がすると云われているが、その実を乾燥させて漢方として利用することもできる。
埋められた人の肉の味がすると云われ、臓によって味が違うと云われるが、誰が食べ比べたのか文献等には残っておらず 噂話のように語り継がれる。

異常植物群第三種耳鼻(じび)

脳を取り除いた頭部を埋めると、この耳鼻が生えてくると云われる。
地面から海藻のように天に向かって生え、うねうねと動き回る。
まるでその場所の重力が無くなったかのような動きが非常に奇妙であり、人が近づくと意思を持つかのように擦り寄ってくる。
その姿を愛しいと思うか気味が悪いと思うかはその人の感じ方次第であろう。
生前嫌っていた人間であろうが好いていた人間であろうとも、同じような態度を取るため「脳がないから誰にでも擦り寄る」 と云われるが、そもそも異常植物群には元の人間の意思はない。

異常植物群第四種(こころ)

心臓のみを埋めると、この心が生えてくる。
心臓以外を含めて埋めると臓になるため、発見が遅かった異常植物群の一。
多肉植物のようなものが生え、まるで心臓のように脈打つ。さらに、含羞草(おじぎそう)のように、人が触れると舌のように喋り始める。
だがそれは、舌のように人の声に応答するようなものではなく、生前の人物と同じ声で己の歴史を語り出すと云う。
もし、心が生えてきたのにも関わらず、何も語らないのであれば、その人物に語るべき歴史がないと云うことだろう。
心が発見されてから、殺人と思われる死に方をした人物は心臓だけ埋められ、殺される前を証言させられると云うことが起こり始めたらしい。だが、それはまた別のお話。

有名家系

この世界にはいくつか闇に葬られた有名な医師や薬師の家系が存在する。

八双寺(やそうじ)

天保の時代から存在する医師であり薬師。その初代は森下(もりもと)と云う名の人物であり、その弟は鍛治師として有名だった。
その後、時代は進み薬師としての面だけが残り、現在では政府お抱えの薬師であり、その他置き薬屋として存在している。

小鳥(ことり)

八双寺家の分家の一つであり、毒消しを専門としている。
毒消しを専門としていると云うことは詰まり、毒にも詳しい。
今でも、暗殺に使われる毒は、殆どがこの小鳥家から調達されていると云われる。

東敘(とうじょ)

八双寺家と並ぶ大きな薬師の家系。
八双寺家との激しい勢力争いがあったが、京の方では東敘家が、帝都の方では八双寺家が勢力を拡大させていると云われる。

間取り

この物語に登場する建物の間取をご紹介しよう。

葉朗(ようろう)

葉朗の家。昔は詞と二人で切り盛りしていた。
妙が来てからは、病室の一つを妙に与え、そして蝶塚を建てた。

東敘(とうじょ)

伍と緤の二人ぐらし。そのほかは最低限のものしか存在しない。

制作

蝶塚の表紙及び挿絵は、制作者の神崎ユウのイラストを元にAIで加工したものになります。
元絵・AI及びその後の加工について公開いたします。
まとめページはこちら

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